ボディーショップ・オギでの旧車の事例をご紹介するページ、今回は【マツダ キャロル360】です。
7月、静岡県からナンバーのない小さな車が積載車に運ばれて入庫しました。
昭和41年式のKPDA型キャロル(前期型)です。
現状ナンバーがないので車検と、その前にエンジンからの白煙をどうにかしてほしいとのご依頼です。
エンジンは一応駆動し走行は出来るものの、白煙がもくもくと出て車体が見えなくなるくらい煙幕を張ってしまう症状がありました。
キャロルはお客様の長年の憧れの車であったそうです。
念願叶ってやっと手に入れたは良いけれど、お近くでは修理に対応してくれる工場が見つからず、当店のHPにたどり着いたそうです。
遠方より当店を見つけ大事なお車を任せて頂いた信頼と、
見て楽しむだけではなく、車なのだから実際に走って楽しみたいというご要望にお応えしたいと思いました。
キャロル360の白煙とピストンリング交換
まずは白煙の原因を探りますが、エンジンとシリンダー内部のピストンリングの固着が疑われました。
ピストンリングを交換したいですが、旧車の場合パーツが希少なので、交換品が用意できるかという段階で修理が難航するパターンが多いです。
幸い、今回はお客様が部品のストックをそろえてお持ちでしたので、
ピストンリングも交換、その他ガスケット類等の心配もなく、スムーズに修理に移行出来そうでした。
エンジン本体を車体から取り外します。
年数を経た車ですので、ネジ・ボルト類は簡単に外れないものがほとんどで、固着して簡単にネジ切れてしまいそうなものもあります。
どんなに小さくてもキャロルの一つの部品である以上、破損しても修理がきかず交換品もない可能性は大いにあります。
ドライバーで回すだけでなく、バーナーであぶったり削ったり、細心の注意をはらいつつ作業を行います。
通常のエンジン取り外しの数倍の時間が必要なため、お客様への進捗報告では「まだエンジン降りてない!?」とやきもきさせてしまったと思います。
一部マウント部でどうしても切り離しが必要な箇所があり、そこはのちほど再溶接加工を施しました。
ようやくエンジンとミッションが降りました。
キャロルはかつてのローバー オースチンのミニクーパーに似て、上部がエンジン、下がミッションの二段構成になっています。
ミニクーパーが現行車の多くが採用しているFF方式(フロントエンジン・フロントドライブ)で、エンジンが前方に位置する前輪駆動
であるのに対し、キャロルはRR方式(リヤエンジン・リヤドライブ)です。
エンジンが後方トランク部に格納された後輪駆動という、今では珍しい駆動方式ですが、当時はそれが一般的でした。
FF車は少なく、軽トラックさえ2WDの時代、4WDといえばジープタイプぐらいでした。
まだパワステが採用されない頃なので、頭でっかちでハンドルを重くしないという点でもRR方式は良かったのだと思います。
※エンジンの位置と駆動動方式には、FFとRRの他にFR(フロントエンジン・リヤドライブ),MR(ミッドエンジン・リヤドライブ),4WDがあります。
○○エンジンはエンジンの位置(フロント・ミッド・リヤ)、○○ドライブは駆動輪を表します(フロント・リヤ)。
4DWはエンジンの位置はフロント・リヤどちらの場合もありますが、四輪すべてが駆動輪のものを指します。
エンジンが後方に積んであることによって、比較的エンジン音が気にならないのかなとも思いますが、この辺りは個人の感じ方によりますね。
少々わき道にそれました。
続いての作業はエンジンの分解。
キャブレター、マニホールド、エキゾースト、ラジエーター、オルタネーターをことごとく外します。
オイルとクーラントも抜きます。
こちらはヘッド部分。
KPDA型キャロルのエンジンはOHV(オーバーヘッドバルブ)の4サイクル4気筒360ccです。
少排気量で4気筒、非力なような気がしますが、当時は2サイクル2気筒が当たり前の時代だったので、コスト的にもリッチなエンジンと言えます。
しかも、空冷が主流であった中水冷エンジンを採用しているおかげで、冬場でもヒーターが効きます(当時はヒーターはオプション)。
ヘッド部が外れたらクラッチ部、シリンダー部と下側のミッションを慎重に分解していきます。
ピストン・シリンダーが出てきたら、本来の目的であるピストンリングを交換します。
細くて小さいのでここも特に慎重に。
シリンダー等はキズもなく良い状態です。
ピストンリングの交換を終えたら折り返し地点です。
分解したエンジンを今度は組み立てていきます。
せっかく分解したので、錆付いたネジやナット類を含め入手できた部品類の交換を行い、パーツもクリーニングします。
メーター通りであれば走行距離は17,000km程と、年数に対してかなり少ないですが、長年の汚れはどうしても溜まってしまいますね。
エンジン分解開始からだいぶ時間がかかってしまいましたが、ようやく車体に戻します。
オイル、クーラントを注入し各部を点検、エンジンを始動させます。
白煙はしばらく出ましたが、マフラーが暖まり残留していたオイルが排出されきったあたりで収まっていきました。
その様子を見るのと並行し、キャブレターや点火時期の調整、タペット調整も行います。
旧車の場合はアイドリングや吹け上がり方など、データだけでなく五感を駆使してごきげんを取ってあげることが必要になってきます。
特に音が教えてくれる情報は多いです。
また、点火系が弱いのがネックなので、ポイント式からセミトラ式へ。
本当はフルトラ式にしたいですが、合うものが見つからず…。
プラグ、プラグコードも新調し、忘れずコイルにかかる電圧も12V確保する為、回路を追加します。(旧車に頻発する電圧ドロップの対策です)
電装系の能力が向上し、この時点でアイドリングの安定性や回転数上昇の滑らかさが目に見えて変化してきました。
全体的な整備
エンジンはこれでひとまず大丈夫として、残るは車検の為の全体整備です。
まず排気漏れがあったので、マフラーに空いた穴を溶接でふさぎます。
それからステアリングギヤボックスのガタと破れたラックブーツの修理。
ラックブーツを交換。
これは当店の新規製作代用品を使用しています↓
旧車部品各種取り揃え。当店では取付も承ります。こちらはマツダキャロル360のステアリングラックブーツのページです。…
それから本来ブーツに覆われてはまっているはずの樹脂製のカラー。
過去に何台かキャロルのステアリング部を修理させて頂いたことがあるのですが、そのカラーが形を保って残っていることは稀で、
多くは紛失しています。
今回も行方不明になっていましたので、代わりにアルミ製の代用品を使用することとしました。
旧車部品各種取り揃え。当店では取付も承ります。こちらはマツダキャロル360のステアリングラック用カラーのページです。…
キャロルはラックの脱着が大変で、ちょっとコツを要する作業です。
ラックブーツのみでお問合せ頂くこともあるので、特注作業代行メニューもあります↓
旧車部品各種取り揃え。当店では取付も承ります。こちらはマツダキャロル360のステアリングラックブーツ取付加工のページです…
ピニオンシャフト側のオイルシールとベアリングも忘れずに抜き、取り替えたら
再び本体へ。隙間に気を配りながら取付けます。
サスペンションやロア&アッパーアームブーツ、タイロットエンドブーツ等のゴム類を点検し、ひび割れや切れているものは交換しました。
そしてトーイン調整、ハンドルの狂い確認を行い、この辺りは大きな問題もなく終了。
ブレーキ周りではフロントのホイルシリンダーから漏れ有のため、カップゴムを交換。
リヤのブレーキホイルもフロント同様カップゴムを交換、踏み代、隙間の調整します。
旧車部品各種取り揃え。当店では取付も承ります。こちらはマツダキャロル360のフロントブレーキカップゴムの販売ページです。…
ここまで比較的順調でしたが、ブレーキホイルシリンダーのエアー抜きを行おうとした段になって、問題発生。
錆により固着し、回る様子のなかった左前輪のブリーダーバルブ、そっと作業を進めていたのですが、緩めると同時にネジ切れてしまいました。
仕方なくシリンダーを一か所外し、ブリーダーバルブ部分を加工して再取付けという処置を施しました。
サイドブレーキも緩いので、ワイヤー引き代調整。
ここでブレーキオイルがにじみ出てきているのを発見…。
ブレーキマスターシリンダーのオーバーホールも行います。
キャロルの場合は、ブレーキマスターとクラッチマスターシリンダーが一緒についているので同時に脱着・オーバーホールとなります。
ここでいったん整備終了し、車検場へ向かいました。
キャロル360、車高不足で車検通らず
まさかの車高不足でNGが出ました。
中古新規でナンバーをもらう車検は、継続車検よりも審査基準が厳密です。車高が新車時の規定よりも7cm程度沈んでしまっているのは見過ごされません。
キャロルはトーションバススプリング式なので、張調整を行い車高をある程度調整することが出来るのですが、ここでもボルト類の固着が行く手を阻みます。それらを慎重に回して調整していくものの、これだけでは不分です。
ショックアブソーバーもスカスカと弱ってしまっていた為、全輪分代用のガス入りショックアブソーバーに交換し、まだ少し足りない車高を上げる助けとしました。
旧車部品各種取り揃え。当店では取付も承ります。こちらはマツダキャロル360のショックアブソーバーの販売ページです。…
車検に合格
色々ありましたが、ついにこのキャロルに、以前の軽自動車と同じ、白い小さなナンバープレートが付きました。
ウォーターポンプ交換で冷却効率向上
車検も通過しあとはお客様のお迎えを待つだけ、だったのですが、もともとの車両の状態を鑑みるに車検通過基準よりも一歩踏み込んで整備してからのほうが、お客様の目的にはより合致するものと思われ、お渡し日直前まで試走と細かな調整を行っておりました。
このキャロルが登場した頃の日本の道と、現在の道では求められる能力が変わっていることに加えて車体は年数を重ねています。
公道を走るとなると、それに出来るだけ見合った力が安定して出せないといけませんが、車検通過段階では、多少でも無理をさせると若干オーバーヒート気味になってしまう状態でした。(車検では瞬間的な確認を行う傾向があります)
エンジンが後方トランク部に位置し、ラジエーターも同様横置きで付いており走行風が当たりにくいことも拍車をかけています。
この対策として、サブラジエーター取付に加えラジエーターの外側に電動ファンとサーモスイッチを設置、水温に従いファンが風を送る補助装置としました。
こちらの装置です↓
旧車部品各種取り揃え。当店では取付も承ります。こちらはマツダキャロル360用電動空冷ファンキットの販売ページです。…
ウォーターポンプ本体も冷却効率を上げる為、製作代用品に交換してあります。
ノーマルのものよりプロペラの羽根枚数と幅が大きくなっており、同じ回転数でも熱交換効率が上がります。
※キャロルではなくトラクターのお客様ですが、同パターンのユニットを使用したウォーターポンプをご使用頂いたところ、水温計の針の上がり方が改善されたとの感想をよせて頂きました。車両の状態により個体差はありますが、効果をご実感頂ける場合が多いようです。
ウォーターポンプ新規代用品はこちら↓
旧車部品各種取り揃え。当店では取付も承ります。こちらはマツダキャロル360のウォーターポンプ交換ユニットの販売ページです…
整備完了
長期のお預かりでしたので、最後は「リハビリを頑張って退院したかなり高齢の患者さんを見送るような気持ち」です。
お返し後も年数相応に調子をくずしやすい部分はありますが、キャロルに対する思い入れもひとかたならぬものと感じられる知識の豊富さで、ご自身でもちょっとしたトラブルは解決されてしまうので、頼もしい限りです。
(キャロルよりも二回りもお若いにも関わらずです!)
当店ではお客様一人一人違う旧車に求めるもの・ご要望を尊重するよう心がけています。
今回は飾っておくだけでない車にしたいというお客様のご希望のため、電装系を始めとして各部それぞれ大きく改善させて頂きました。
これから、また公道を走れるようになったキャロルと二人で元気にのんびり、色んな所へお出かけして、思い出を作ってくださいね。